8月, 2011年

2011-08-15

今年も8月15日がやってきました。

終戦記念日。

そして、意を決してこの大切な日をウィルウィンドの創立記念日とした日。

 

今年は、東日本大震災がありました。

震災から4カ月後、南三陸町にボランティアに行きました。

そこに広がっていた光景は

写真や映像からは感じ得ない、想像を絶する空間でした。

 

現地では「語り部の会」というものがあり

遠方からやってきたボランティアに

あの日のことを被災者が語って下さる時間がありました。

 

まだたった4カ月なのに。。予期しない、場でした。

 

震災の記憶を語り継ぐことは、後世に教訓を残すことであり

被災者の心の整理にもつながるという趣旨でした。

 

私がお話をうかがったのは

今回、はじめて人前で話をするという羽賀たえ子さんの記憶。

昭和35年、9歳のときのチリ地震の津波で祖母やいとこを亡くし

地震がきたらどうするか、津波がきたらどうするか、

そういうときにはなにがあっても自分の身を確保することだと、

いつも話し合っていたそんな羽賀さんのご家族に

ふたたび津波が襲いました。

 

後ろを走っていたご家族が、ほんの数秒後にいなくなった記憶。

手を離してしまった人のぬくもりが、まだその手に残る生々しい記憶。。。

 

羽賀さんは今回の津波で、お兄様を亡くされました。

 

私はまだ、あの日、南三陸町で見たこと、聞いたこと、感じたことを

総括することができません。

仕事がら、多くの方の記憶に耳を傾け、

それらを消化し、自己完結させる力を養ってきたと思っていましたが

あの方のお話と、あの風景は、まだ自分の胸の中でさまよっています。

 

ただ、あの日に受けた衝撃は

66年前の戦争を、私にまた新しい視点で見せてくれたことも事実です。

 

写真や映像で見る戦後の焼け野原が、

また違った問いかけを私にしてきます。

 

多くの人のいのちが、あの一面のがれきの中

私が立っているその足元で、終わったということが

いったいどういうことなのかと。

 

今、願い、祈れるのは、「再生」の力です。

 

戦争という人災と、津波という天災は当然違うことではありますが

でも、もし今、私たちが自然の摂理に従って破壊され

そしてその後の混沌に身をおくならば

自然の摂理に従って次に訪れるであろう再生というステージを信じたい。

 

私たちは常に産みの苦しみを味わいながら

新しいいのちを誕生させてきました。

 

世界が大きく変わる時。

 

7年目のウィルウィンドも、

再生へのプロセスを踏みながら

進化を続けたいと思っています。

 

支援物資(文房具)を受け取った双子の女の子
南三陸町の福興祭 2011年7月31日

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