3月, 2019年

2019-03-05

3月1日と2日の2日間で「福島イノベーション・コースト構想」の視察ツアーに参加しました。

郡山から入り、3年前に出来た福島県環境創造センター「コミュタン福島」、昨年8月に開館した特定廃棄物埋立資料館「リプルンふくしま」、昨年11月に開館した「東京電力廃炉資料館」に立ち寄り・・・放射能を学び、処理方法を学び、ガイガカウンターを持って自然林脇の散歩道を歩き、東京電力の謝罪と反省に耳を傾け、原発事故の詳細と廃炉について学ぶ。そこから再生エネルギー拠点、富岡復興メガソーラ施設を見学、ついで自動車しか通行できない帰還困難地域にバスで入り、福島第一原子力発電所の脇を通り、家やお店に入れないようバリケードが張られた国道6号を北上。その後南相馬市で一部オープンした世界初、ドローン長距離飛行・運航管理の試験拠点「福島ロボットテストフィールド」の脇を抜け、社会起業家を育成する南相馬の「あすびと福島(南相馬ソーラ・アグリパーク)」に立ち寄って、地元の高校生がメンターとなってロボットプログラミングを学ぶ小学生の発表を見て福島で解散。

いろいろ感じた。東京でこの原発の電力を使ったのは私自身。首都圏へと電気を送る送電線の鉄塔がどこまでも続く。子孫になんて言えばいいのか。そんなことに思いを馳せながら、この地こそ持続可能な世界を考える拠点になると強く感じた。SDGsの目標年2030年を超え、廃炉まで30年、40年とかかるこの地、さらに低減まで人知を超える歳月がかかる特定廃棄物がある。震災から8年という時を経て、様々なインプットができる施設がようやく完成した。震災直後、相馬救援隊として一度だけ立ち寄った相馬・南相馬。当時は何もできなかったけれど、今ようやくここ相双地区は、私たちが自らの事を見つめ直し、今をどう生きるか、そしてこれから作るべき未来を問われる場所となっていた気がした。

宿泊した富岡ホテルで、相双未来会議代表の平山勉さんのお話を聴き、一緒に夕食を囲んだ。一緒に時を過ごしたけれど、聞きたいことがほとんど聞けず、東京に戻って平山さんの記事を探した。以下に平山さんの未来ビジョンをご紹介したい。胸が熱くなりました。

「震災と原発事故から約20年後、2030年の富岡町を想像してみる。人口は元の約1万6000人には戻らないけど、2000〜3000人の小さな”村”のような1つの自治体として、自立的に機能できるような状態になっていてほしい。
当面は、廃炉関連ビジネスに経済的に依存させざるを得ない状況が続くだろう。その一方で、なるべくそれに頼らずに、自立できるような産業や生業を増やしつつ、将来的に税収をベースに行政機能を維持できる見通しがつくのか。あるいは単体では難しいのなら、周辺町村との合併の選択肢はあり得るのか。そういった議論が出てくるだろう。
僕たちの役目は、そんな数十年後の未来にバトンをつなぐこと。何十年先になるかわからないが、廃炉も終わり、自治体としてまた自立できるようになる未来に向かって、できることをやり続ける。
そうやって紡いだ糸が、例えば50年後にそこに住む人たちのアイデンティティ・存在意義になっていてほしい。『父ちゃんや、ばあちゃんたちが頑張ってくれたから、今がある』『だから、それを引き継いで頑張ろう』。途方もない先のことでゴールはまだ見えないけど、今を生きる自分たちの思いが、そんな風に次世代へと引き継がれていってほしい」

◆双葉郡の今と、住民の思いから抜粋
http://www.rise-tohoku.jp/?p=15788

2019-03-01

遠野みらい創りカレッジにて、「SDGs de 地方創生」カードゲームを実施しました。まずは少人数でのトライアルでしたが、地元企業も、行政も、NPOも、中間支援組織も、市民も、赤ちゃんも(!)と、参加者はバラエティ豊か。

参加者からは「はじめてのワークで最初は戸惑ったものの、目に見えてあの地域が今どんな状況か指標のお陰でわかり、そして自分の利益だけ求めてプロジェクトを進めても良くないことが理解できて凄く楽しかったです」「結局みんなで協力しないと良い世界にならないということもわかりました」「危機感を共有できてから雰囲気が変わって状況を好転できました」「行政と住民とのすれ違いにより、人口が減少する。コミュニケーションの大切さがわかりました」「公的資金を上手に使うべきだと実感しました」などの声があがれば、カレッジ代表の樋口さんからは「プロジェクトや進め方がリアルすぎて、まるで仕事だ(笑)」というお言葉まで。

人口減少するまちでの12年間の活動を疑似体験しながら、SDGsへの理解も深めた3時間でした。

皆様、ありがとうございました!

Copyright© 2012 Willwind All Rights Reserved.