代表のつれづれブログ

2019-08-15

8月15日の終戦記念日と弊社創立記念日にあたって、初心にかえって徒然に考えたこと。長文だけど、今の気持ちとしての備忘録。
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20代の頃…どうして祖父母、祖祖父母たちの世代は戦争を止められなかったのかと、ずっと考えていたことがありました。軍部の暴走を政府が止められなかったからとか、そんな他人事の話ではなく、国民一人一人はそのときどうしていたのかということ。心のどこかに、「私が当時生きていたら、戦争には絶対加担しなかった」という思いがあったからです。その一方で、だったら私は非国民だと言われても抵抗できたのかとか、それ以外に戦争を阻止する方法を思いつけたのかと問われれば、答えを出せない自分もいました。私なら加担しないと思う反面、そんなふうに先人と自分とを切り分けた感情を持つことにも、また違和感を感じていました。

ウィルウィンド設立当初、NPO法人「昭和の記憶」や、自分史・家族史製作を通じて、100人を超える人生の大先輩の昔話、戦争の話を伺いました。未来のために遺すべき話があるという使命感もありましたが、戦争を大人として生き抜いた方々は、戦争が起こったことについてどう感じているのかを知りたいという思いもありました。でもその問いは、今と変わらない戦前の日常生活の様子を伺う過程で、かき消されていきました。こと、戦前に女学校に通う方の演劇部の写真を見たときには、自分の演劇部時代の写真かと見まごうばかりの豊かさに息を飲みました。私の時代と同じ、サテンやオーガンジーをふんだんに使った中世ヨーロッパ風の豪華な手作り衣装に包まれた部員たちが、私の時代と同じ笑顔で笑っていました。今と同じ、一抹の不安もあれど楽しく過ぎていく日常が、ある日を境に消えていった怖さが押し寄せてきました。他にもお国のため、家族のために戦地に行った方々、お医者様、技術者、学校の先生、子育て中のお母さん…いろいろな先輩方のお話を聴きました。そしてその方になりきった一人称の文章で各人の言葉を書き起こすうちに、戦争はますます自分事となっていきました。軍で指揮を執っていた方の苦悩でさえ、私の苦悩と重なりました。自分もあの時代に生きていたら、きっと戦争に加担した一人だった。そう確信しました。

今、私たちは大量生産大量消費の海でもがいています。地球が1つしかないのにも関わらず、今の日本の生活は、地球の一年間の再生能力の2.8個分を使っているといいます。私も、便利だから、楽だから、綺麗だから、安いから、美味しいから、わっ、ものがあふれた、断捨離だ、新しい収納を買って整理しよう…と、地球の再生産能力を大幅に上回った消費と排出を繰り返しています。

今、戦争が日本で起こっていなくても、私は今この瞬間も戦争に加担しています。今ここで排出するCO2が温暖化を進め、地球のどこかで湖が干上がり、水辺だったはずの村から遠く離れたところに水汲みに出される子供たちは学校をやめ、村で暮らせなくなった若者は都市に流出しています。そんな若者が集まる都市ではスラム化がすすみ、過激派が若者をスカウトして憎悪のテロが繰り返されています。私が今このデスクで使っているものの何かが、着ているものの何かが、食べているものの何かが、劣悪な労働環境下で生産されたものなら、そんな貧困ビジネスは戦争の温床です。

かつての大戦もそうであったように、今の貧困も、テロも、格差も、高齢化も、教育も、食も、生物多様性も、エネルギーも、犯罪も、そして私自身の在り方も、国内外問わず、地球上のあらゆる課題は、あらゆる人の在り方すべてと繋がって出来上がっています。自分はその輪の中の1つ。そして、自分の奥底を見つめたとき、自身の中に交錯するポジティブとネガティブ、両方の感情が、この世界にありのままに反映されていることを感じずにはいられないのも、また奥深きところです。

世界は自分の写し鏡です。誰かを責めても、分断を起こしても、事態はよくなりません。みんなその人の正義があって生きている。それぞれの視点で、それぞれの立場から目の前のことをよくしようと一生懸命生きている。彼らは私で、私は彼ら。あの大戦の原因にも、私はいる。そして今も私はどこかの国の戦争をきっと生み出している。人が人として生まれた意味をもう一度考えたい。私たちには、もっとよきことができるはず。なんのためにここまで進化してきたのか? これが作りたかった未来なのか? 戦争で生きたいのに生きられなかった人たちが願った未来なのか?

そう、そして世界中の人も、同じことを思っていました。
その想いが、SDGsのおおもと「2030アジェンダ」の前文に記されています。

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外務省サイトより転載
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2015年9月25日 第70 回国連総会で採択
我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ
[Transforming our World] (仮訳)

前文
このアジェンダは、人間、地球及び繁栄のための行動計画である。これはまた、より大きな自由における普遍的な平和の強化を追求するものでもある。我々は、極端な貧困を含む、あらゆる形態と側面の貧困を撲滅することが最大の地球規模の課題であり、持続可能な開発のための不可欠な必要条件であると認識する。すべての国及びすべてのステークホルダーは、協同的なパートナーシップの下、この計画を実行する。我々は、人類を貧困の恐怖及び欠乏の専制から解き放ち、地球を癒やし安全にすることを決意している。我々は、世界を持続的かつ強靱(レジリエント)な道筋に移行させるために緊急に必要な、大胆かつ変革的な手段をとることに決意している。我々はこの共同の旅路に乗り出すにあたり、誰一人取り残さないことを誓う。 今日我々が発表する17の持続可能な開発のための目標(SDGs)と、169のターゲットは、この新しく普遍的なアジェンダの規模と野心を示している。これらの目標とターゲットは、ミレニアム開発目標(MDGs)を基にして、ミレニアム開発目標が達成できなかったものを全うすることを目指すものである。これらは、すべての人々の人権を実現し、ジェンダー平等とすべての女性と女児の能力強化を達成することを目指す。これらの目標及びターゲットは、統合され不可分のものであり、持続可能な開発の三側面、すなわち経済、社会及び環境の三側面を調和させるものである。これらの目標及びターゲットは、人類及び地球にとり極めて重要な分野で、向こう15年間にわたり、行動を促進するものになろう。

(つづきはこちら 

https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000101402.pdf…

JKEF2faqaChLVc1RCoe4u74JHLk26jB8Th__QfQmM)

――

この世界を持続可能で、誰一人取り残さない形に変革するための決意と覚悟。

やっぱりすごい。人類捨てたもんじゃない。
これを世界193ヶ国で合意したのです。人類みんなで決意をしたのです。
私たちの意識が、このままではいけない、自分たちは変わるのだと宣言したのです。

なんといっても私たちは、その前の15年間で掲げられていたMDGsの1つ、極度の貧困の半減を、見事に達成しました。栄養不良の人の割合も、低体重の子の割合も、ほぼ半分になりました。積み残し課題はあれど、MDGsの成功を持って、人類は自信をつけました。だからもっと野心的に先進国も巻き込んだ、経済界も巻き込んだ本気で世界を変革するためのSDGsを掲げました。

みんなで世界を一気に変える大チャンスの到来です。

私は人間の可能性を信じています。自然が大好きです。進化を重ね、多様に分岐し、美しい形を織りなしていく。人間だって大自然です。だから、胸に手をあてれば自ら滅びる道は選ばないはず。自然と共鳴しながら答えを見つけ出せるはず。さらに私たちには好奇心も備わっています。解決したい不便、おもしろそうなこと、不思議なこと、どんどん探求した結果、科学技術を手にし、フロンティアを開拓しています。私たちは求めて求めて進化して、こんな大きな脳を手に入れたのです。

そして脳は知りました。私たちはモノでは満たされないのだと。地球を壊しては、成り立たないのだと。誰かがどこかで悲しんでいては、決して真の幸せは得られないのだと。道に捨てたプラスチックが、川に流れ、海のマイクロプラスチックとして魚に入って私たちの口に戻ってくるように、世界のすべてはつながっているのだと。

だれも、課題だらけの世界を作りたくて作ったのではありません。目の前のことをよくしたい、おもしろい、楽しい、あれがほしい、これもほしい、誰かのために頑張りたい、幸せになりたい、そんな無邪気な一心で今の世界を作ってきました。

だとしたら、これからはどうすればいいのか。

私は、人間の根源的欲求をもっと広い範囲に広げ、掲げていけばいいのだと思っています。私は思うのです。これまで、誰も世界を悪くしようとはしていなのに、この世界が課題で溢れてしまったのは、一人一人が無邪気に求めたものの範囲が小さかったからだけなのではないかと。こんな世界にしたい、という思いが自分のためだけだったり、家族のためだけだったり、自国のためだけだったりと、狭過ぎたのではないかと。

そこをあと一歩、いや、あと十歩広げる。世界のためにまで、広げる。人類のためにまで広げる。宇宙だっていいし、いのちあるすべてのもののためだっていい。みんなが胸に手をあて、本当にほしいものを考えたとき、願うのはきっと同じようなこと。自分だけがよくて、周りが不幸では、人は心から幸せを感じられない。自然の一部である人間が、同じ自然の仲間である動植物がいっぱい死んでも平気なはずはない。大切な家族を守るように、世界中の人も、この地球全体も、守りたい。幸せにしたい。そのために力を出したい。そして楽しみたい。

そう、私たちはSDGsで掲げられたように、誰一人残さない、持続可能な世界を願っていいのです。
今ある、家族や友人との幸せな時間が、世界の隅々まで届くことを願い、行動に移していいのです。

そしてそんな最高の未来を描けたら、あとは、そこから「じゃあそのためにはどうなっていたらいいの?」と達成すべきことを一段階ずつ掘り下げていけばいいだけ。最初は大言壮語に聞こえていた理想の姿も、段階を刻んで掘り下げていくうちに、何段階か目に自分にもできることが出てくるはず。やりたいことが見えてくるはず。ちゃんと健全な欲も入れていい。まず家族を笑顔にしたくても、素敵な家が欲しくても、世界旅行に行きたいだって全然いい。自分のためのベクトルが、世界のためのベクトルと合っていればいい。向上心、野心、推進力はなんでも使いたい。

ただ、そんなとき、前よりもちゃんと世界は知ろう。世界はつながっている。自分の無邪気な行為が、悪気がなくても誰かを悲しませているかもしれない。自然の恵みをいただくことを超えて、過度に壊しているかもしれない。安さがもし誰かの努力や智恵、技術が生み出したものなら、それは喜ばしいことだけれど、もし誰かの犠牲の上にあるのだとしたら、そんな安さは必要ない。貴重なものは高くていい。だから「ありがたみ」が沸く。

そして、世界レベルの幸せを描いたからには、世界を知ろう。ちょっと検索すればいくらでも出てくる。現在、ロンドンやニューヨーク、パリなど欧米を中心に、世界18カ国、925自治体が気候非常事態宣言を出している。その一環でロンドン大学では、ペットボトル課金などの他、ついに学食で牛肉が出なくなった。また、人類による過剰伐採や土地転用、乱獲で、生態系は悲鳴を上げ、100万種が今後数十年間のうちに絶滅するかもしれないという警告も出ている。溢れる情報の正しさを知るのは難しいかもしれない。正しいかどうかの基準も人によって違うかもしれない。でも一番大事なことは、知ったことをベースに考え、心で感じ取ること。大丈夫、内から湧き出る直観が進むべき道を示してくれるはず。

そうした上で、小さな一歩をすぐに踏み出すことがきっと大事。全部わかってからでなくても大丈夫。間違っていたらまたすぐ正せばいい。何度も正せばいい。買い物のときに地元の野菜を捜してみよう。産地が近いほど、環境にやさしくていいかもしれない。便利な宅配をやめて、地元にある店で、地域の中で経済が潤うようにと買い物をしてみるのもいいかもしれない。遠くのものでも認証マークはついているかなと探してみよう。店員さんに聞いてみよう。我が家の目の前の大手スーパーは、他のスーパーよりもフェアトレードのものが揃っている。聞けば今から15年以上前、お客様からの「買い物を通じて国際貢献ができるパイプ役になって欲しい」という声をもらったことをきっかけに取り組みをはじめたのだそう。そう、私たち消費者は世界を変えられる。声をあげることが、企業に向けたメッセージになる。企業は顧客がほしいものを作る。私たちのほしいものが変われば、企業も変わる。洋服も、家具も、家電もなんでもそう。エネルギーもそう。銀行もそう。世界が変わらないのは、私たちがそれを買い続けているから。利用し続けているから。私たち次第で新しい経済だってまわすことができるはず。

企業に勤めていたら尚ラッキー。一人ではできない影響力のあることが出来るかもしれない。企業にはいろいろなものを効率よく生み出すための仕組みが詰まっている。そうであれば、その仕組みをうまく使って、世界をよりよくする商品をどんどん生み出せばいい。お客様と一緒になって変えていけばいい。他の組織と連携すればいい。企業を飛び出した私だからよくわかる。今の私のWILLをもって、その当時の企業のリソースを使っていたらどんなことができていただろうと。企業は個人のWILLを実現するプラットフォームになっていけたらいい。企業はお給料をもらうところでも、安定を求めるところでも、戦う相手でもなく、活用しながら一緒に世界を変えていける場所のはずです。

さらに野心を持って組織を飛び出た起業家も同じ。働き方改革で副業をはじめたい人も同じ。小さな生業を作りたい人も同じ。小さくまとまらずに、自分の欲を一度思い切り世界にまで広げてみよう。そうした上で、もう一回足元に戻って、売れれば売れるほど地元が、日本が、世界がどんどんよくなる事業を創っていけばいい。規模の大小じゃない。買う人のためにも、作る人のためにも、社会の好循環を生み出す結節点を作っていけるのが起業家であり事業家のはずです。

日本は先進国、特に欧州と比べるとSDGsで大きく後れをとっています。ドイツでは30年前からはじめた子供たちへの循環型社会の教育が、今実っているといいます。でも、日本人にはSDGsに通じる和の精神性が30年どころか古代から続いています。島国だから世界のことには少し疎くなっているかもしれないけれど、神はすべてに宿り、縁や繋がりで皆が結ばれた世界をもともと感じることができるのが私たち日本人です。先日、日本語の「こんにちは」の語源は「太陽さん、お元気ですか?」なのだと教えていただき衝撃を受けました。「今日(こんにち)さん」は「お天道様」や「おひさま」などに並ぶ、今も土佐などで続く太陽の呼び名です。つまり、日本人は古来から、道行く人を太陽の分身として挨拶していたということ。「お元気ですか?」は、「太陽の元の気を放っていますか?」と様子伺いをしている問いかけ。なんと輝かしい話でしょう。

外圧や危機感や課題への対処療法ではなくて、私たち日本人はもっと根源的な部分から輝き、想いを熱源として、未来への風をおこせるんだと思っています。世界に平和の風を吹かせることができる存在なのだと思っています。だから、自分の根っこに耳を傾け、未来を思い切り描いていきましょう。仕事や人生を通じて、どんな世界を作りたいのかを考えていきましょう。抜本的な変革が求められていますが、私たちの細胞が毎日生まれ変わっていることを感じれば、今この瞬間にも私たちは変われるはずです。

誰も実現したことのない、正解のない世界を切り拓くには、まずは個人の想いが、信念が、WILLが大切です。そしてそれは、自分が地球という大きな生命体の一部であることを思い出しさえすれば自然と生まれてくるはずです。太陽の分身、八百万の神の一人であることを思い出して、違和感に素直になろう。心の痛みに素直になろう。私たちは生き方の答えをすでに知っているのだと思っています。

人類を信じてはじめたウィルウィンド。
一年に一回、きちんと未来を考える終戦記念日。

気がつけばとてつもない長文になっていました。
でも、こういうのは勢いですね。今の私の立ち位置。

最後までお読みいただきありがとうございました。
こんな想いを胸に、15期目も人類の大チャンスに、楽しみながら挑んでいきたいと思います。

2019-03-05

3月1日と2日の2日間で「福島イノベーション・コースト構想」の視察ツアーに参加しました。

郡山から入り、3年前に出来た福島県環境創造センター「コミュタン福島」、昨年8月に開館した特定廃棄物埋立資料館「リプルンふくしま」、昨年11月に開館した「東京電力廃炉資料館」に立ち寄り・・・放射能を学び、処理方法を学び、ガイガカウンターを持って自然林脇の散歩道を歩き、東京電力の謝罪と反省に耳を傾け、原発事故の詳細と廃炉について学ぶ。そこから再生エネルギー拠点、富岡復興メガソーラ施設を見学、ついで自動車しか通行できない帰還困難地域にバスで入り、福島第一原子力発電所の脇を通り、家やお店に入れないようバリケードが張られた国道6号を北上。その後南相馬市で一部オープンした世界初、ドローン長距離飛行・運航管理の試験拠点「福島ロボットテストフィールド」の脇を抜け、社会起業家を育成する南相馬の「あすびと福島(南相馬ソーラ・アグリパーク)」に立ち寄って、地元の高校生がメンターとなってロボットプログラミングを学ぶ小学生の発表を見て福島で解散。

いろいろ感じた。東京でこの原発の電力を使ったのは私自身。首都圏へと電気を送る送電線の鉄塔がどこまでも続く。子孫になんて言えばいいのか。そんなことに思いを馳せながら、この地こそ持続可能な世界を考える拠点になると強く感じた。SDGsの目標年2030年を超え、廃炉まで30年、40年とかかるこの地、さらに低減まで人知を超える歳月がかかる特定廃棄物がある。震災から8年という時を経て、様々なインプットができる施設がようやく完成した。震災直後、相馬救援隊として一度だけ立ち寄った相馬・南相馬。当時は何もできなかったけれど、今ようやくここ相双地区は、私たちが自らの事を見つめ直し、今をどう生きるか、そしてこれから作るべき未来を問われる場所となっていた気がした。

宿泊した富岡ホテルで、相双未来会議代表の平山勉さんのお話を聴き、一緒に夕食を囲んだ。一緒に時を過ごしたけれど、聞きたいことがほとんど聞けず、東京に戻って平山さんの記事を探した。以下に平山さんの未来ビジョンをご紹介したい。胸が熱くなりました。

「震災と原発事故から約20年後、2030年の富岡町を想像してみる。人口は元の約1万6000人には戻らないけど、2000〜3000人の小さな”村”のような1つの自治体として、自立的に機能できるような状態になっていてほしい。
当面は、廃炉関連ビジネスに経済的に依存させざるを得ない状況が続くだろう。その一方で、なるべくそれに頼らずに、自立できるような産業や生業を増やしつつ、将来的に税収をベースに行政機能を維持できる見通しがつくのか。あるいは単体では難しいのなら、周辺町村との合併の選択肢はあり得るのか。そういった議論が出てくるだろう。
僕たちの役目は、そんな数十年後の未来にバトンをつなぐこと。何十年先になるかわからないが、廃炉も終わり、自治体としてまた自立できるようになる未来に向かって、できることをやり続ける。
そうやって紡いだ糸が、例えば50年後にそこに住む人たちのアイデンティティ・存在意義になっていてほしい。『父ちゃんや、ばあちゃんたちが頑張ってくれたから、今がある』『だから、それを引き継いで頑張ろう』。途方もない先のことでゴールはまだ見えないけど、今を生きる自分たちの思いが、そんな風に次世代へと引き継がれていってほしい」

◆双葉郡の今と、住民の思いから抜粋
http://www.rise-tohoku.jp/?p=15788

2019-02-05

私はふわふわと漂うたんぽぽの種

風にゆられてあっちにこっちに

あれもおもしろそう、これも楽しそう

どこに降りたらいいかわからない

 

そしたらね、悲しんでいる人を見つけたの

「なんで泣いているの?」「どうしたの?」

彼女は言うの「私は、愛情深き人です」

「はい、そうです。あなたは愛情深き人です」

大丈夫、心配しないで、泣かないで

「私は、愛情深き人です」

「はい、そうです。あなたは愛情深き人です」

私は彼女にもっとしっかりと伝えたくて

自分が発する言葉のよりどころを探しながら答えます

「はい、そうです。あなたは愛情深き人です」

何度も繰り返すうちに、

たんぽぽの種から根が生えはじめました

「はい、そうです。あなたは愛情深き人です」

根は土の中に伸びていきます

「はい、そうです。あなたは愛情深き人です」

根はどんどん深く長く、土の中を進んでいきます

「はい、そうです。あなたは愛情深き人です」

どんどん伸びて、根を張って

「はい、そうです」が、たんぽぽの中からだけではなく、

大地の中から出てくる深い声になっていきます

 

「私はもう大丈夫」

さっきまで悲しんでいた人の顔は

明るくすっきりと輝いています

気がつけば、たんぽぽは大きな木になっていました

私は木。大地に根を張った大きな木

ただ、そこにある木

 

次に私は言いました

「私はやさしい人です」

今度はとなりの木が答えてくれます

「はい、そうです。あなたはやさしい人です」

私はくりかえします。「私はやさしい人です」

「はい、そうです。あなたはやさしい人です」

うわべのやさしさで取り繕ってきた自分を思い出します

「私は、やさしい人です」

「はい、そうです。あなたはやさしい人です」

となりの木は、私がやさしいことを昔から知っているみたい

「私は、やさしい人です」

なんだか涙が出てきます

「私は、やさしい人です」

止まっていたたんぽぽの木の根が、ふたたび伸びはじめました

「私は、やさしい人です」

根はどんどん先へと伸びていきます

「私はやさしい人です」

根は、となりの木の根とつながりはじめました

「私は、やさしい人です」

となりの木の根は、そのとなりの木の根とつながりはじめました

「私は、やさしい人です」

そのとなりの木も、さらにそのとなりの木とつながりはじめました

「はい、そうです。あなたはやさしい人です」

となりの木が言っていたはずの言葉が、私の根っこからも聞こえてきます

「はい、そうです。私はやさしい人です」

声は、私の中から、大地の中から、地球の中から響いてきます

「はい、そうです。私はやさしい人です」

 

気がつくと、私はすべてのものとつながっていました

私はもう、どこに舞い降りようかと考えてはいません

あそことも、ここともつながっている

全部とつながっている

 


Photo by NASA

2019-01-01

新年あけましておめでとうございます。

旧年中は大変お世話になりありがとうございました。

今年は「誰一人取り残さない」を掲げたSDGs(国連の持続可能な開発目標)に益々沿う形での事業展開となりそうです。SDGsを考える際には、この私の家族が発想の一つの原点となっています。2年前に両親の元に引っ越してから感じている涙と笑いと学びを、これからも力に替えてまいります。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

☆父、81歳。定年後しばらくして視覚障害者に。囲碁LOVER(白黒石なら戦局が分かる程度には見えるそうです)。母と腕組み、毎朝のドトール散歩が日課。母への優しさメガトン級。Mr.ユーモア。

☆母、78歳。認知症歴8年だけど幸せよん。デイサービス週3日。父のこと好き度はギガトン級。素直でかわいくてお花が好き。身をもって生きることについて考えさせてくれる我が師。

☆妹、二児の母。我が社の頼れる経理総務システム担当。両親の薬の管理から、庶務管理も。妹と手を組めることのありがたさよ。姉妹として授けてくれた両親に感謝。

☆ウィルウィンド、皆様に支えられて14年目。昨年末からはじまった南足柄でのSDGsプログラムもあり、多様な人たちで作る誰一人取り残さない持続可能な未来に、より一層興味津々。SDGsという共通言語を得て、自分と家族と社会と世界がつながる、よりよき未来創りに今年は益々邁進します!

※写真は昨年5月、小山美光さん撮影。

2018-11-09

本年度より、遠野みらい創りカレッジに続き、南足柄みらい創りカレッジでも本格的にお手伝いをはじめました。

テーマは「SDGs」。

SDGsとは持続可能な世界のために、2030年までに世界のみんなで達成しようと国連で決めた17の目標です。これまでも世界各地で取り組まれてきた目標ばかりですが、ようやく世界中の人たちとこの話題を話せる共通言語が出来たことで、ビジネスをも巻き込んだ大きなムーブメントとなっています。一方、掲げられたそれぞれの目標は、これまでの取り組みの延長ではとても達成できないものばかり。貧困でいえば、〇%減らす…などではなく「撲滅」と明記されています。つまり、私たちの意識や価値観をも根底から変える「変革」が求められています。

そこで、SDGsとも関連する様々な社会課題を学び、考え、自分事にしながら、今までの枠を超えた様々な解決策を試すことができる日本一の「SDGs実験フィールド」を、首都圏からも近い神奈川県の西側に3年計画で作ることになりました。カレッジと共に掲げた大きな挑戦です。場所は、神奈川県県西地域と呼ばれる南足柄市・小田原市・中井町・大井町・松田町・山北町・開成町・箱根町・真鶴町・湯河原町あたりの一帯。山から海まで、間に湖と河をもってつながる広大なフィールドは地球環境を、そして人々が生活を営む街や観光地は社会や経済について、私たちに多くのことを考えさせてくれるはず。

ついては初年度、まずはSDGsってなんだろう、自分とはどんな関りがあるんだろう、どんな実験フィールドを作ったらみんなが活用できるだろう、ということを考える12月1日を第1回目とする全3日のプログラム「みんなで学ぼうSDGs」を企画しました。SDGsの特徴の一つである「バックキャスティング」で求められる発想も、兼ねてから活用してきた未来新聞®で体験いただけたらと思っています。
参加費は無料、神奈川県県西地域の方はもちろん、持続可能な世界に興味がある方ならどなたでも参加いただけます。都心からも2時間弱、3日間とも土曜日の朝10時開始にしていますので、気軽にお越し頂けます。
遠野みらい創りカレッジで培ってきた「学習フィールド作り」を、県西地域でも新たな視点で行っていけたらと思います。
よりよい未来を一緒に作りたい皆様の参加をお待ちしています!

■みんなで学ぼうSDGsプログラム:詳細
http://willwind.co.jp/workshop/sdgs/20181201

2017-06-11

遠野の皆様と、遠野みらい創りカレッジという基盤の上で描かれた未来新聞®が次々と実現していった「天空ウェディング」が、2017年6月10日、遠野の街と山々が一望できる高清水で行われました。

雨予報の午前中でしたが、「天空ウェディング」の時間だけ奇跡的に雨があがり決行。過去のみんなの未来共創プログラムに参加した多くの企業が手をつなぎ、5年後の未来として描かれた未来新聞®が、カレッジスタッフのご結婚という突然のお祝い事をきっかけに、気が付けばわずか3か月後に実現されました。

遠野交通が「天空ウェディング特別号」のジャンボタクシーを出せば、ウェディング会場では発案者の民宿大森家の大森さんと新婦愛実さんご本人、カレッジが中心となって作成したアーチやリボン、音響などがセッティングされ、プログラムにサポーターとして参加して下さっていた山田泰平さんからはレッドカーペットを拝借。ブーケは民泊小山美子さんのお庭の花を使った手作り、愛実さんと今日の会場にとっても似合うかわいらしいベールは大森さんの手作り、空を見上げれば、ドローン関連の未来新聞®をいっぱい描いていた北日本朝日航洋のドローンが飛び連続写真を撮影、カレッジ有馬さんの司会進行のもと、総合プロデューサー樋口さんが牧師ならぬ誓いの言葉のガイド役をつとめ、みんなで署名をした結婚証明書に新郎新婦が署名。ライスシャワーのカゴは遠野バイオエナジー勤務、「かごっこぺぱん」主宰の大西真理さんからのご提供。

ランチパーティー会場もプログラム参加企業からのコラボラッシュ。上閉伊酒造新里佳子さんからのピンクの日本酒が贈られ、新郎新婦は千葉木工所高橋寛子さんが用意して下さった特別チェアに座っていただきました。かごっこぺぱんのカゴには今度は大森家のお庭の花が飾られ、民泊立花家の和子さんが祝いの日舞「関の五本松」を踊れば、みんなからのプレゼントとしてお渡しした「もくもく絵本 ウェディングバージョン」の巨大レプリカ版を使ったサイコロゲームで盛り上がる。富士ゼロックス復興推進室の皆様からの寄せ書き贈呈に、これまで「みんなの共創プログラム」に参加されたたくさんの方々からのメッセージも読み上げられ、上郷のちびっこクラブの人形劇あり、カレッジの有馬さんによるギター演奏あり、樋口さんによるピアノの弾き語りあり。カレッジのプリンタをフル活用して作った思い出写真サイコロやテーブルマットも会場に花を添えました。ウエディングケーキもみんなで朝からフルーツをカットした手作りです。

今回参加できなかった介護福祉関係のプログラム参加企業、ケア・グラントの唯是光裕さんや、とおの松寿会、そして遠野ケアイノベーション会議の松田学さんも、今後、この天空ウェディングパッケージにはご高齢の方の送迎や介助で協力したいとおっしゃってくださったり・・・

みんなでまさに「共創」したこんなにあったかい手作りウェディングの感動を下さったお一人お一人、そして結果として未来新聞®の実証実験の様相を呈すなか、その実験台に喜んでなっていただき、一緒に楽しみ準備をして下さった愛実さんとご新郎様、およびご家族の皆様に感謝と喜びでいっぱいです。私たちがここまでのものを作れたのは(作ろうと思えたのは)、一重にみんな本当に愛実さんが大好きで、たくさんお世話になってきたという実感があるからこそ、そしてカレッジという場とプログラムを通じて描き合った未来新聞®、およびプログラムを通じて培った関係性の賜物だと思っています。仕事の合間を縫って行われた実質的準備はわずか2週間。こういうことっておこるんだ。。そんな奇跡をみせてくれた「天空ウェディング」は、岩手日報にも朝日新聞岩手版にも大きく取り上げていただきました。

ここからみんなでちゃんと事業にしていきたい。カレッジを通じてつながった仲間との最初の一歩は、みんなの想いが一つになってつながった幸せの一歩でした。


20170611天空ウェディングメディア掲載
インターネット版の記事はこちらからご覧いただけます。

「高清水高原で初の結婚式 遠野、絶景が門出演出」2017年6月11日 岩手日報




2015-03-23

本日、スカイマークの支援を申し出たばかりのインテグラル佐山さんのオフィスに、所属する勉強会の仲間と一緒に伺いました。

佐山さんは2年前の3月、当該勉強会でお話をしてくださり、その素晴らしいお話とバイタリティに大きな感銘を受けました。そして当時、ちょうど大きな壁にぶつかっていた私は、佐山さんのその懐の深さを感じるお人柄に、この方ならもしかしたらなにか本質的なアドバイスを下さるのではないかと、厚かましくも個人メッセージを送らせていただき、悩みをご相談しました。すると、すぐにお返事を賜り、その誠実さと内容の的確さに深く感じ入りました。以来、佐山さんは私の尊敬する方になりました。

当該リンクのニュースピクスの記事は読んでいましたが、
■ニュースピクス2015年2月13日付け→【スカイマーク支援の佐山氏。「私は高値で売り抜けない」

今回は訪問によって、あらためて、この記事とほぼ同じお話と思いを、直接お聞きすることができました。印象的だったのは、支援に手をあげた直後、拠点ごとに従業員を集めたとき「人は不安だとこんなにも不安な顔をするのか、というほど不安顔だった」という状況下、「ファンドはハゲタカだけじゃない、我々は高値売り抜けはせず、みなさんがここでいいと言ったところまできちんとやります」と説明した後の社員のほっとした顔のお話でした。スカイマークでは民事再生申請後、退職していた従業員で戻ってこられた方もあったとのこと。面談のあと、どうしても佐山さんに直接確認したくて、また厚かましくメッセージで「スカイマークを引き受けられた一番の理由」をあらためて確認させていただいたところ、「手を挙げた理由の一番は、破産になると2200人を超える社員の皆さんの仕事がなくなることです。(原文ママ)」という明確なお返事をいただきました。社員とご家族みなさん一丸になって再生に取り組んでいる様子をお伺いし、佐山さんの使命感と共に、胸が熱くなる思いがありました。

従業員を大事にして、従業員と一緒になって頑張り、従業員を信じているということが伝わるお言葉の一つ一つが、よきサービスを産み、よき対価を得、よき会社になっていく基本だということをあらためて感じさせていただいた訪問でした。

故郷を離れて頑張る若者がコツコツと貯金してスカイマークで家族に会いにいけるサービスを提供し続けていただくためにも、また、私もスカイマークで旅行を出来る日を楽しみにするためにも、私はスカイマークを応援しますし、フライトの際にはスカイマークを積極利用したいと思います。佐山さん、頑張ってください。スカイマークのみなさん、頑張ってください!

2015-01-03

1月3日放送、NHKのNEXT WORLD「未来はどこまで予測できるのか」、おもしろかったです。

 

人工知能が急速に発達し、全人類の知能を超えるシンギュラリティを迎えたあと?の世界について、今までぼんやりとしか考えられていませんでしたが、今日のNEXT WORLDの2045年のドラマを見て、あ、大丈夫、少なくともあんなふうにはなっていないはず、と思えてほっと一安心しました。

製作者は今回、徹底的なリアリティを求めたのではなく、「効率を求める人間」という側面のみにフォーカスして人工知能を発達させた場合にどうなるのか、という青写真をアンチテーゼとして見せてくれたのだと理解しています。

少なくとも言えることは、人間は当然ながら「効率」のみを求める動物ではなく、無駄といえるものの中にもいろいろな機微を感じ心を震わし生産性のまったくあがらないことにでも時間を費やしたくなる生き物です。

そこにはマズローの欲求五段階説の社会的欲求や承認欲求、自己実現欲求があるわけで、それは今後人間が人工知能と向き合う中で、絶対的に計算式に取り入れていく要素だと感じましたし、そう考えると今後は、人間に「幸福感」をもたらす各種欲求要素の研究がもっと盛んになる気がしました。

当然、人間には「操られたくない欲求」もありますから、単純に幸福ホルモンである「セロトニン」「ドーパミン」「エンドルフィン」あたりを電気信号で脳に発生させるという解決策も出ないでしょう。(出たらそれはきっと「麻薬信号取締法の下取り締まられるはずw」)

また、健全な達成感は、それに見合った苦労とセットであることなどがきちん数値化して見直されると、大きな達成感を得るためにやたらと苦労をしたがる人類ドメインが現れる社会というのもまたおもしろかったりします。

 

☆☆☆

 

さらに、人類の「進化」とはなんであるのかが活発に議論され、人類の進化を促す人工知能が次々と考案されていくような気もしてきました。

今予測され恐れられている人工知能は人間が支配されたり、人間の退化を促すものが多いですが、そこまで私たちはバカではないはずだと楽天的な私は信じていますし、信じるもなにも、私たちがそういう未来をこれから創っていく当事者なのですから、自分の頑張り次第です。

人類の進化という話をもう少しすると、人工知能が微細化し、私たちの生体エネルギーを電源にできるようになると、人間も基本的に電気信号で全身がコントロールされていますから、そういう意味では、人間の身体と人工知能との一体化が進んで、お互いにお互いを高め進化させ合うサイボーグの世界への進化はあるかもしれません。

またはサイボーグ化は避けようという道を選んだとしても、人工知能によって人間本来の力を取り戻すような補佐教育を人工知能が担い、退化してしまっていた各能力が再び(?)目を覚まし、人間が動物や植物、そして宇宙人?と話せるようになるかもしれません。

効率を追求した結果、多くの失業者が出るというのは、過渡期には一時的に起こるかもしれませんが、幸福感や人類の進化、哲学について散々議論した人類は、それらのプログラムを組み込んだ人工知能を作り、その人工知能が私たちでは考え付かないような「より人々に幸福感をもたらす社会」を導き出してくれて提案してくれるかもしれません。

いや、でもそれには「操られたくない欲求」を持つ我ら人間が反発するかな?w

戦争や紛争、社会問題、各種地球課題の解決策を、全世界的情報を一人一人の心情も合わせて網羅的に熟知した人工知能が見せてくれたら、いったいどんな提言が出てくるのか、それもそれで楽しみです。

映画、マトリックスの世界では、人工知能というコンピューターに支配された人類が、コンピューターの電源に使われていました。

寝かされて夢を見させられている間に発せられている人間の生体エネルギーがコンピューターの電源として使われていたわけですが、コンピューターは人間に幸福な夢を見させても長生きしない(=電源として長持ちしない)ことを途中で学び、電源の寿命を延ばす方法として結局、人間に適度なストレスを与える現代(21世紀初頭頃?)の生活、つまり家庭があり仕事があり喧嘩があり愛があり挑戦があり挫折があるランダム性のある生活を夢として見せていました。

あのときも人が生きるとはどういうことかとう点においてなるほどーと感心しましたが、人工知能の話になるとき、今後なにが人間らしく生きるということなのかという宗教や哲学や心理学、文学や芸術などが見直されていくという恰好の機会になりそうな気もしてきました。

 

☆☆☆

 

長文の妄想になってしまいました。

 

・・・こんなに突っ走ってしまったのも、ひとえに、ドラマが「現在形」や「過去形」で、30年後の未来を人の心情と共に描いてくれたからだと思います。

この既視感がまさに現在提供しているプログラム「未来新聞」を書いたり読んだときに起こるもので、「現在形」や「過去形」で臨場感を持って「未来に生きる」と、これは違うとかあれは違う、だったらこうなってるはずなどと、次々とアイデアが誘発されます。

どんな適当な未来でもいいから(と言ったら失礼ですが)なんでもいいからそれを一旦「現在形」「過去形」にすると、そこから見えるものがあるのだということを、未来新聞プログラムを提供する側としてあらためて感じた次第です。

 

☆☆☆

 

シンギュラリティが起こるような時代に生まれてきたことは本当にラッキーです。

もし怖いと思っている方がいたとしても、だったら自分の手で怖くないように創ればいいだけです。

人類に好奇心と探究心がある限り、シンギュラリティへの流れは止められないと思いますが、叡智を合わせれば、自らの手で創った人工知能に滅ぼされるなどということはなく、きっと新たな幸せと進化を創り出せるはずです。

未来予測という言葉はあまり好きではありません。

予測もなにも、未来を創るのは私たち自身です。

雅な平安時代やルネッサンス時代、大変革期の幕末に生きたかったなと思ったこともありましたが、なんといっても今直面しているのは人類が人類の殻を破るか否かの瀬戸際、場合によっては種としての突然変異ともいえるようなステージにきているのかもしれず、それをまさにこの時代を生きるものとして創造できる側にいるのが今なのだと思っています。

一つ「人工知能」を語る上でどうしても気になるのが、いつも人工知能が人類の敵になってしまう未来予測ばかりが目立つこと。

たとえば今回のドラマにある「効率の追求」という一側面や、マトリックスに見られる共存とは逆の「征服欲」や「戦闘本能」が触発される人工知能との関係性ではなく、もっと愛とか絆とかつながりとかを求める人間をいう全体性をも知る人工知能と共に描き出すバラ色の未来像があってもいい。

変化の大波が来ているのだとしたら、それに抵抗していたって無駄なのだから、きれいに乗って素敵な形の波に変えてしまう方に、せっかく人類に与えられた「創造力」というものを使ってみたい。

 

人類を叡智と自分を信じて、未来を創る仕事にこれからも携わっていきたいと思いました。

2015-01-01

新年あけましておめでとうございます。
旧年中は大変お世話になりありがとうございました。
昨年は多くの方々と未来新聞プログラムを実施させていただいた貴重な年となりました。
今年もさらに多くの皆様と共に、未来を創造していけたらと思っております。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

ウィルウィンド 代表取締役 冨田直子

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