ウィルウィンドの想い

2017-06-11

遠野の皆様と、遠野みらい創りカレッジという基盤の上で描かれた未来新聞®が次々と実現していった「天空ウェディング」が、2017年6月10日、遠野の街と山々が一望できる高清水で行われました。

雨予報の午前中でしたが、「天空ウェディング」の時間だけ奇跡的に雨があがり決行。過去のみんなの未来共創プログラムに参加した多くの企業が手をつなぎ、5年後の未来として描かれた未来新聞®が、カレッジスタッフのご結婚という突然のお祝い事をきっかけに、気が付けばわずか3か月後に実現されました。

遠野交通が「天空ウェディング特別号」のジャンボタクシーを出せば、ウェディング会場では発案者の民宿大森家の大森さんと新婦愛実さんご本人、カレッジが中心となって作成したアーチやリボン、音響などがセッティングされ、プログラムにサポーターとして参加して下さっていた山田泰平さんからはレッドカーペットを拝借。ブーケは民泊小山美子さんのお庭の花を使った手作り、愛実さんと今日の会場にとっても似合うかわいらしいベールは大森さんの手作り、空を見上げれば、ドローン関連の未来新聞®をいっぱい描いていた北日本朝日航洋のドローンが飛び連続写真を撮影、カレッジ有馬さんの司会進行のもと、総合プロデューサー樋口さんが牧師ならぬ誓いの言葉のガイド役をつとめ、みんなで署名をした結婚証明書に新郎新婦が署名。ライスシャワーのカゴは遠野バイオエナジー勤務、「かごっこぺぱん」主宰の大西真理さんからのご提供。

ランチパーティー会場もプログラム参加企業からのコラボラッシュ。上閉伊酒造新里佳子さんからのピンクの日本酒が贈られ、新郎新婦は千葉木工所高橋寛子さんが用意して下さった特別チェアに座っていただきました。かごっこぺぱんのカゴには今度は大森家のお庭の花が飾られ、民泊立花家の和子さんが祝いの日舞「関の五本松」を踊れば、みんなからのプレゼントとしてお渡しした「もくもく絵本 ウェディングバージョン」の巨大レプリカ版を使ったサイコロゲームで盛り上がる。富士ゼロックス復興推進室の皆様からの寄せ書き贈呈に、これまで「みんなの共創プログラム」に参加されたたくさんの方々からのメッセージも読み上げられ、上郷のちびっこクラブの人形劇あり、カレッジの有馬さんによるギター演奏あり、樋口さんによるピアノの弾き語りあり。カレッジのプリンタをフル活用して作った思い出写真サイコロやテーブルマットも会場に花を添えました。ウエディングケーキもみんなで朝からフルーツをカットした手作りです。

今回参加できなかった介護福祉関係のプログラム参加企業、ケア・グラントの唯是光裕さんや、とおの松寿会、そして遠野ケアイノベーション会議の松田学さんも、今後、この天空ウェディングパッケージにはご高齢の方の送迎や介助で協力したいとおっしゃってくださったり・・・

みんなでまさに「共創」したこんなにあったかい手作りウェディングの感動を下さったお一人お一人、そして結果として未来新聞®の実証実験の様相を呈すなか、その実験台に喜んでなっていただき、一緒に楽しみ準備をして下さった愛実さんとご新郎様、およびご家族の皆様に感謝と喜びでいっぱいです。私たちがここまでのものを作れたのは(作ろうと思えたのは)、一重にみんな本当に愛実さんが大好きで、たくさんお世話になってきたという実感があるからこそ、そしてカレッジという場とプログラムを通じて描き合った未来新聞®、およびプログラムを通じて培った関係性の賜物だと思っています。仕事の合間を縫って行われた実質的準備はわずか2週間。こういうことっておこるんだ。。そんな奇跡をみせてくれた「天空ウェディング」は、岩手日報にも朝日新聞岩手版にも大きく取り上げていただきました。

ここからみんなでちゃんと事業にしていきたい。カレッジを通じてつながった仲間との最初の一歩は、みんなの想いが一つになってつながった幸せの一歩でした。


20170611天空ウェディングメディア掲載
インターネット版の記事はこちらからご覧いただけます。

「高清水高原で初の結婚式 遠野、絶景が門出演出」2017年6月11日 岩手日報




2015-08-15

本日でウィルウィンドは設立10周年をむかえました。

戦後60年の8月15日に設立し、今年は戦後70年。

 

多くの方からの応援とご縁をいただいきながら出逢いを重ね、

糸をたどるようにして今日まで来ることができました。

支えてくださったすべの皆様、つながりをいただいたすべての皆様に

心からの御礼と感謝を申し上げます。

 

過去~現在~未来 をつなぎ、

人類にとってよりよい未来を創るきっかけを作れたらと

この10年、想いをつなぐ自分史、家族史、社史の制作のお手伝いをさせていただきました。

戦前の豊かな暮らしに触れ、戦争への想い、葛藤、悲しみや絶望に触れ、

戦後の希望や喜びに触れ、そして高度経済成長へと発展する

血沸き肉躍る人々のやる気の原点にも触れさせていただきました。

 

目の前の方の喜怒哀楽に直接触れることで

遠い過去の出来事が、少しずつ自分の感情と重なり、

自分事になっていく感覚を覚えることができました。

 

100年前の過去を自分事として捉えられると、

100年先の未来も自分事として捉えられる。。

 

自分事として捉えられる時間軸を長く持てれば持てるほど、

ずっと先の未来を見据えた、子孫に恥ずかしくない今を生き、

よりよき未来を創っていけるのではないかというのが

ウィルウィンドを通じて探究させていただいているテーマの一つです。

 

実際、私自身が持つ過去方向への時間軸の幅は、

ご自身の来し方を喜怒哀楽と共に語る語り手の皆様の手によって

大きく深く広げていただきました。

感謝しても感謝しきれない豊かで深い時間のプレゼントをいただきました。

 

そして、ここ数年は

企業や地域で未来創りのお手伝いもさせていただきながら

参加者の皆様が描くリアルな未来新聞®を持って、

今度は未来方向への時間軸の幅を大きく広げさせていただいています。

なんてクリエイティブでわくわくする時間のプレゼントをいただいているのでしょう。

 

10周年の今日は、

過去を、未来のデバイスでつなぐ、ちょっと面白い取り組みに参加予定です。

10年前はまだ遠かったデバイスが、今は身近になっている。

未来はこうしてやってくるし、明日以降の未来は、私たちに創られるのを待っています。

 

「未来は今の積み重ね」

 

これからも一歩一歩、小さくても誇れる「今」を、

未来に向けて積み上げていきたいと思います。

 

11年目からも、どうぞよろしくお願いいたします。

 

 

 

2015-01-03

1月3日放送、NHKのNEXT WORLD「未来はどこまで予測できるのか」、おもしろかったです。

 

人工知能が急速に発達し、全人類の知能を超えるシンギュラリティを迎えたあと?の世界について、今までぼんやりとしか考えられていませんでしたが、今日のNEXT WORLDの2045年のドラマを見て、あ、大丈夫、少なくともあんなふうにはなっていないはず、と思えてほっと一安心しました。

製作者は今回、徹底的なリアリティを求めたのではなく、「効率を求める人間」という側面のみにフォーカスして人工知能を発達させた場合にどうなるのか、という青写真をアンチテーゼとして見せてくれたのだと理解しています。

少なくとも言えることは、人間は当然ながら「効率」のみを求める動物ではなく、無駄といえるものの中にもいろいろな機微を感じ心を震わし生産性のまったくあがらないことにでも時間を費やしたくなる生き物です。

そこにはマズローの欲求五段階説の社会的欲求や承認欲求、自己実現欲求があるわけで、それは今後人間が人工知能と向き合う中で、絶対的に計算式に取り入れていく要素だと感じましたし、そう考えると今後は、人間に「幸福感」をもたらす各種欲求要素の研究がもっと盛んになる気がしました。

当然、人間には「操られたくない欲求」もありますから、単純に幸福ホルモンである「セロトニン」「ドーパミン」「エンドルフィン」あたりを電気信号で脳に発生させるという解決策も出ないでしょう。(出たらそれはきっと「麻薬信号取締法の下取り締まられるはずw」)

また、健全な達成感は、それに見合った苦労とセットであることなどがきちん数値化して見直されると、大きな達成感を得るためにやたらと苦労をしたがる人類ドメインが現れる社会というのもまたおもしろかったりします。

 

☆☆☆

 

さらに、人類の「進化」とはなんであるのかが活発に議論され、人類の進化を促す人工知能が次々と考案されていくような気もしてきました。

今予測され恐れられている人工知能は人間が支配されたり、人間の退化を促すものが多いですが、そこまで私たちはバカではないはずだと楽天的な私は信じていますし、信じるもなにも、私たちがそういう未来をこれから創っていく当事者なのですから、自分の頑張り次第です。

人類の進化という話をもう少しすると、人工知能が微細化し、私たちの生体エネルギーを電源にできるようになると、人間も基本的に電気信号で全身がコントロールされていますから、そういう意味では、人間の身体と人工知能との一体化が進んで、お互いにお互いを高め進化させ合うサイボーグの世界への進化はあるかもしれません。

またはサイボーグ化は避けようという道を選んだとしても、人工知能によって人間本来の力を取り戻すような補佐教育を人工知能が担い、退化してしまっていた各能力が再び(?)目を覚まし、人間が動物や植物、そして宇宙人?と話せるようになるかもしれません。

効率を追求した結果、多くの失業者が出るというのは、過渡期には一時的に起こるかもしれませんが、幸福感や人類の進化、哲学について散々議論した人類は、それらのプログラムを組み込んだ人工知能を作り、その人工知能が私たちでは考え付かないような「より人々に幸福感をもたらす社会」を導き出してくれて提案してくれるかもしれません。

いや、でもそれには「操られたくない欲求」を持つ我ら人間が反発するかな?w

戦争や紛争、社会問題、各種地球課題の解決策を、全世界的情報を一人一人の心情も合わせて網羅的に熟知した人工知能が見せてくれたら、いったいどんな提言が出てくるのか、それもそれで楽しみです。

映画、マトリックスの世界では、人工知能というコンピューターに支配された人類が、コンピューターの電源に使われていました。

寝かされて夢を見させられている間に発せられている人間の生体エネルギーがコンピューターの電源として使われていたわけですが、コンピューターは人間に幸福な夢を見させても長生きしない(=電源として長持ちしない)ことを途中で学び、電源の寿命を延ばす方法として結局、人間に適度なストレスを与える現代(21世紀初頭頃?)の生活、つまり家庭があり仕事があり喧嘩があり愛があり挑戦があり挫折があるランダム性のある生活を夢として見せていました。

あのときも人が生きるとはどういうことかとう点においてなるほどーと感心しましたが、人工知能の話になるとき、今後なにが人間らしく生きるということなのかという宗教や哲学や心理学、文学や芸術などが見直されていくという恰好の機会になりそうな気もしてきました。

 

☆☆☆

 

長文の妄想になってしまいました。

 

・・・こんなに突っ走ってしまったのも、ひとえに、ドラマが「現在形」や「過去形」で、30年後の未来を人の心情と共に描いてくれたからだと思います。

この既視感がまさに現在提供しているプログラム「未来新聞」を書いたり読んだときに起こるもので、「現在形」や「過去形」で臨場感を持って「未来に生きる」と、これは違うとかあれは違う、だったらこうなってるはずなどと、次々とアイデアが誘発されます。

どんな適当な未来でもいいから(と言ったら失礼ですが)なんでもいいからそれを一旦「現在形」「過去形」にすると、そこから見えるものがあるのだということを、未来新聞プログラムを提供する側としてあらためて感じた次第です。

 

☆☆☆

 

シンギュラリティが起こるような時代に生まれてきたことは本当にラッキーです。

もし怖いと思っている方がいたとしても、だったら自分の手で怖くないように創ればいいだけです。

人類に好奇心と探究心がある限り、シンギュラリティへの流れは止められないと思いますが、叡智を合わせれば、自らの手で創った人工知能に滅ぼされるなどということはなく、きっと新たな幸せと進化を創り出せるはずです。

未来予測という言葉はあまり好きではありません。

予測もなにも、未来を創るのは私たち自身です。

雅な平安時代やルネッサンス時代、大変革期の幕末に生きたかったなと思ったこともありましたが、なんといっても今直面しているのは人類が人類の殻を破るか否かの瀬戸際、場合によっては種としての突然変異ともいえるようなステージにきているのかもしれず、それをまさにこの時代を生きるものとして創造できる側にいるのが今なのだと思っています。

一つ「人工知能」を語る上でどうしても気になるのが、いつも人工知能が人類の敵になってしまう未来予測ばかりが目立つこと。

たとえば今回のドラマにある「効率の追求」という一側面や、マトリックスに見られる共存とは逆の「征服欲」や「戦闘本能」が触発される人工知能との関係性ではなく、もっと愛とか絆とかつながりとかを求める人間をいう全体性をも知る人工知能と共に描き出すバラ色の未来像があってもいい。

変化の大波が来ているのだとしたら、それに抵抗していたって無駄なのだから、きれいに乗って素敵な形の波に変えてしまう方に、せっかく人類に与えられた「創造力」というものを使ってみたい。

 

人類を叡智と自分を信じて、未来を創る仕事にこれからも携わっていきたいと思いました。

2012-10-02

聴き書き家族史、それは世代を超えて想いをつなげる家族の歴史です。

家族のため、次の世代につなげるための「想いのバトン」です。
ですから特別な人だけではなく、いのちあるすべての方々に
残していただきたいものだと思っています。

一番の特徴は、
バトンを受け取る家族が聴きたいことを
インタビュアーがかわりにお聴きして、
文章を作成させていただくということ。

これによって独りよがりの自分史ではない、
「次の世代のため」の家族史が完成します。

聴き書き家族史は、作ったその日から
10年後、30年後、50年後、100年後と価値が上がり続ける
かけがえのない後世へのプレゼントです。

バトンの大切さに気づかれた皆様は
ご両親がご健在なら、是非ご両親に
「聴き書き家族史を残してほしい」
とお願いしてみてください。

できれば、プレゼントをしてください。

それはご両親へのプレゼントのみならず
ご自身のお子様やお孫さん
そして100年、200年先の子孫へと届く
いのちのプレゼントです。

もし、ご両親がすでに他界されていたら、
次の世代のために、ご自身が聴き書き家族史をお残し下さい。
そしてその時には、ご両親や祖父母様、曾祖父母様の思い出もお話し下さい
それだけで簡単に100年という時間をさかのぼることができます。

ときおり、大した人生ではないと謙遜される方もいらっしゃいます。
でもその時には、お一人お一人が歩まれたそのままの軌跡が
お子様やお孫さんたちが知りたい、そして時にはそこから勇気と力をもらいたい
「いのちのバトン」であるということを
思い出していただきたいと思います。

バトン自分史は、作ったその日から価値が上がり続けます。

脈々とつづくいのちのバトンを
今、あなたの世代で形にするということのお手伝いを、
私たちウィルウィンドがお引き受けいたします。

2012-08-15

今日はウィルウィンドの創立記念日。

みなさまのおかげで7周年を迎えることができました。

ありがとうございます!

 

丸7年、存在し続けてこれたということは、

それだけの間、みなさまに支えられ続けたということです。

年月を重ねるほどにその事実が心にしみて、

継続への責任と想いが強まるのだということを、

会社を作ってみてはじめて知りました。

 

今朝、植木鉢の中で枯れている花を全部切りました。

すると、花に隠れて見えなかった次の花のつぼみがいっぱい顔を出しました。

花を切るまでは、白と赤とピンクの鮮やかな花の寄せ植えでしたが、

なんだか今はもっとエネルギーを感じる。

 

次世代。未来。。新芽の力につぼみのパワー、そして子どもたちの笑顔。

私たちを勇気づけ、前に進ませ、がんばらせる本能の力。

 

世代を超えて想いをつなぎ、よりよい未来を創るために、

ウィルウィンドは8年目も頑張ります。

そのことを、支えて下さったみなさまと、そして終戦記念日に誓います。

 

浄化の雨もあがり、青空が見えてきました。

今年もどうぞよろしくお願いいたします!

 

代替テキスト:新芽の力につぼみのパワー

2011-08-15

今年も8月15日がやってきました。

終戦記念日。

そして、意を決してこの大切な日をウィルウィンドの創立記念日とした日。

 

今年は、東日本大震災がありました。

震災から4カ月後、南三陸町にボランティアに行きました。

そこに広がっていた光景は

写真や映像からは感じ得ない、想像を絶する空間でした。

 

現地では「語り部の会」というものがあり

遠方からやってきたボランティアに

あの日のことを被災者が語って下さる時間がありました。

 

まだたった4カ月なのに。。予期しない、場でした。

 

震災の記憶を語り継ぐことは、後世に教訓を残すことであり

被災者の心の整理にもつながるという趣旨でした。

 

私がお話をうかがったのは

今回、はじめて人前で話をするという羽賀たえ子さんの記憶。

昭和35年、9歳のときのチリ地震の津波で祖母やいとこを亡くし

地震がきたらどうするか、津波がきたらどうするか、

そういうときにはなにがあっても自分の身を確保することだと、

いつも話し合っていたそんな羽賀さんのご家族に

ふたたび津波が襲いました。

 

後ろを走っていたご家族が、ほんの数秒後にいなくなった記憶。

手を離してしまった人のぬくもりが、まだその手に残る生々しい記憶。。。

 

羽賀さんは今回の津波で、お兄様を亡くされました。

 

私はまだ、あの日、南三陸町で見たこと、聞いたこと、感じたことを

総括することができません。

仕事がら、多くの方の記憶に耳を傾け、

それらを消化し、自己完結させる力を養ってきたと思っていましたが

あの方のお話と、あの風景は、まだ自分の胸の中でさまよっています。

 

ただ、あの日に受けた衝撃は

66年前の戦争を、私にまた新しい視点で見せてくれたことも事実です。

 

写真や映像で見る戦後の焼け野原が、

また違った問いかけを私にしてきます。

 

多くの人のいのちが、あの一面のがれきの中

私が立っているその足元で、終わったということが

いったいどういうことなのかと。

 

今、願い、祈れるのは、「再生」の力です。

 

戦争という人災と、津波という天災は当然違うことではありますが

でも、もし今、私たちが自然の摂理に従って破壊され

そしてその後の混沌に身をおくならば

自然の摂理に従って次に訪れるであろう再生というステージを信じたい。

 

私たちは常に産みの苦しみを味わいながら

新しいいのちを誕生させてきました。

 

世界が大きく変わる時。

 

7年目のウィルウィンドも、

再生へのプロセスを踏みながら

進化を続けたいと思っています。

 

支援物資(文房具)を受け取った双子の女の子
南三陸町の福興祭 2011年7月31日

2010-08-15

終戦記念日をウィルウィンドの設立記念日にしてよかったと毎年思う。

今年もまた、その想いは一段と強い。

 

私が戦争について本気で耳を傾けはじめたのは

お恥ずかしながら、ウィルウィンドをはじめてからのことだった。

 

それまでは、戦争というものに

「意識的に触れなければ」という「義務感」があった。

戦争に人一倍興味があったというのではない。

ただ、目をそむけてはバチが当たるような、そんな気持ちから、

テレビの特集や戦争映画は努めて見るようにし、また本も読んだ。

でも、なんだかちょっと苦手だった。

まずは何より戦争は苦しくて悲しい。

そして時にお涙ちょうだいになったり、制作者の意図を感じたり

また、「今の若いもんは」という枕詞を背後に少しだけ感じたりすると。。

「戦争を知らないということをいったいどうしたらいいのだ」と、

誰ともなしに恨めしく思うこともあった。

 

ただ、そうはいっても、その苦手意識と向き合わなければ

その先がないことも、なんとなくわかっていた。

日本の未来を想い、家族が幸せに暮らせることを願い、文字通り命を懸けた先輩たち。

私にはもっと感じなければいけないことがある。

知らなければいけないことがある。

覚悟しなければいけないことがある。

苦手意識を持ちながらも

この意識が私自身の発展途上の産物であることを知っていて

その先には、恐らく私がまだうかがい知れない本質がある。。。

そのことと向き合わずして、ウィルウィンドはないと感じていた。

 

「人類このままでは滅びてしまう」という危機感からはじまったウィルウィンド。

だから、真剣に「いのちをつなぐ」ことをみんなで考えようよ。

そのためにも「想いをつなぐ」ことから感じていこうよ。

 

そのことをライフワークにしようと思った時

そしてウィルウィンドの設立登記日が8月中旬になりそうだということがわかったとき

私自身にも、そしてお天道様にも絶対にごまかしのきかない「8月15日」という日を、

ウィルウィンドの設立日にしようと決め、法務局に届け出た。

「先輩たちの想いと向き合い、つなぎ、そして恥じない未来を創ります」と。

 

あれから丸5年がたった。

 

ウィルウィンドをはじめてから、ようやく戦争に生身の自分で向き合った。

テレビを通じてでも、本を通じてでもない。

自分のこの目と耳と、そしてその場の空気と湿度と匂いとで、

戦争そのもののお話はもちろん、

沈黙の中に潜む、言葉にならない多くの先輩方の想いをうかがってきた。

この5年で、靖国には何度も行った。はじめて広島にも長崎にも行った。

呉の戦艦大和のミュージアムにも行ったし、特攻基地であった鹿児島の知覧にも行った。

 

今、5年経って、あの苦手意識は姿を消した。

 

この5年間で戦争は「他人事」から「自分事」になった。

もちろん、体験もせずに戦争がわかったなどと言うつもりはない。

ただ、私自身、戦争から求めたいと思うものが変わった。

先輩方の体験を追体験しようとするのではなく

皆さまのお話から、私自身を見るようになった。

 

私を変えたきっかけになったのは、むしろ戦争という非日常ではなく

現在とほとんど変わりのない、戦前のごくありふれた豊かな日常を

頭ではなく心で知った時だった。

自分の学生時代とほとんど変わらない制服姿で笑う女学生の写真を見た時。

演劇部だった自分の高校時代と変わらない豪勢な舞台衣装を身にまとった

70年前の学生たちの写真を見たとき。

その写真を見ながら、日々の暮らしや悩みの話を「直接」楽しくうかがったとき。

50歳以上も年齢差のある方と、同じ笑いのツボをもって腹を抱えあったとき。。

その感情が自分のそれと次第に重なり、その輪郭がぴたりと自分と合わさったとき

自分と変わらぬ日常の中で訪れたあの戦争とは

いったいなんだったのか。。。という疑問が

自分自身に舞い戻ってきた。

そして、戦争に巻き込まれたという感覚も、

当時の世の中に対する抵抗感や違和感や無関心も、

さらに愚かさや不甲斐なさややるせなさや悲しみも、

そして高揚も、迎合も、戦争を引き起こした感情でさえも

全部そっくり自分の中にある感情だということに気がついてきた。

 

テレビを見る目も変わった。

「他人事」のストーリーを聴く場ではなく

自己対峙の場になった。

戦争は誰のせいでもなくて

人間の投影で、自分自身の投影で、

自分がフタをしようとしているすべての感情の存在を表面化させ

気付かせてくれる「自分事」になった。

 

以来、以前感じていた義務感のような動機からではなく、

これからも「自分事」として、自分のために、未来のために、

戦争の話はもちろん、より多くの方の話に耳を傾け、

そこから学んだことを元に行動につなげたい、という思いを強めた。

自分事となったときに「想いがつながり」、

そして、行動したときにはじめて「いのちがつながる」のだと。

 

今、5周年を迎えたウィルウィンドにおいて、心境の変化を感じている。

それは、新しい未来を行動によって創っていくためには、

一人でも多くの人と一緒に、ウィルウィンドもやっていかなければならないということ。

 

このことに気づかせてくれたのは、設立5年目にして出会ったメモロだった。

ウィルウィンドはこれまで個人商店の域を出ずに活動してきた。

一方のメモロは、責任を持って存続発展させていかなければならないもの、

創設者や賛同者や仲間たち、そして未来の子どもたちから託された「預かりもの」だ。

多くの人が自主的に動き、発展していくうねりを感じる。

 

そう、「人類このままでは滅びてしまう」という危機感にみんなで立ち向かうためには、

一人でも多くの仲間とともに

一人でも多くの人の想いをつなぎ、バトンを引き継ぎ、

そして未来を創っていかなければならない。

一人でも多くの人とメモロのように、ウィルウィンドもやっていきたい…

そんな感覚を今、掴みかけようとしている。

 

【ウィルウィンドとメモロのドメイン】

ウィルウィンド、メモロ共に、

「世代を超えて記憶と想いを引き継ぐ」というテーマで共通している。

 

ウィルウィンド設立5周年にして、ポストの表札を変更した。

滅多にポストの表側などに回らないのに、たまたま8月15日当日、

管理組合のポストに投函しなければいけない書類があって、表側に回り込んだ。

そこには5年前に差し込んだ「有限会社ウィルウィンド」の文字が時を刻んでいた。

そうだ、今日、これを新しく変えよう。「メモロ」を書き加えなければいけない。

今、メモロにはお金がなくて事務所がない。

だから一次的な間借り場所として、ウィルウィンドの住所を提供した。

社会から、未来から、みんなから、大切な預かりものとして引き受けた「メモロ」と

まだ社会の公器に脱皮させきれてはいないけれど、多くの方からご支援をいただきながら

今後はメモロを見習って頑張りたいと思っている「ウィルウィンド」。

ウィルウィンドで蓄積した5年間をメモロで活かし、

メモロから得る新たな気付きをウィルウィンドに活かす。

表札を入れ替えると、ウィルウィンドもメモロもすべてひっくるめて

一層、私的な感情だけで動くわけにはいかないという覚悟が、腹の底から湧いてきた。

 

これからも戦争を経験された先輩方、犠牲になった多く方々の心の声

そして皆さまからのご指導ご鞭撻にしっかりと耳を傾け

次の5年間をかけて、世代を超えて想いをつなぐ「仕組み作り」に

一人でも多くの人たちと手を携えて精を出したい。

 

そんな想いを新たにした、ウィルウィンド5周年と65回目の終戦記念日。

 

今後ともメモロ、そしてウィルウィンドを、どうぞよろしくお願いいたします。

 

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