【変わり続ける場所で、いのちの鼓動に耳を澄ます】
【変わり続ける場所で、いのちの鼓動に耳を澄ます】
防災のために選んだ土地が、海の近くで、元田んぼで、
しかも、日本で最も隆起が激しい土地の一つだったなんて。
アホだなー。
そう、館山は、よりによって、日本で最も隆起している土地。
数千年で10メートル以上持ち上がり、かつて海だった場所が陸地になり、人が暮らす場となってきた。
縄文時代、この地にはすでに人々が暮らしていた。
海面は今より高く、貝塚や住居跡が今の陸地よりも内陸に点在する。
その後も、幾度となく地震がこの土地を揺らし、隆起とともに風景を変えてきた。
1703年の元禄関東地震では、館山周辺の海岸線が一気に数メートル隆起し、景色を変えた。
1923年の関東大震災でも、房総半島の一部は隆起し、土地は今も年間3~4mmの速さで押し上げられ続けている。
この土地にいると、大地も、海も、空も、絶えず変わっていることを感じる。
土地に呼ばれたような不思議な感覚で、この地にきた。
なぜ呼ばれたのかを考える。
もともと人類の行く末を考えることが好きで、
プレートテクトニクスなどの地学が大好きで、
やたらと壮大な思考をめぐらすことが、子供のころからのくせだった。
そんな私は、今、この大地と海のはざまで、
家の耐震性能をせっせと上げ、
震災がきても動き続けるトイレを庭に設置し、
屋根にソーラーパネルをつけ、車に蓄電し、エネルギーを確保しようとしている。
予備のプロパンボンベも残し、日常使いをしつつ、非常時に備える計画をしている。
井戸水の汲み上げには、電動ポンプだけでなく、手動ポンプも設置予定。
ただ、まだ肝心の食料確保ができていない。そして庭に津波がきたら、すべてがパーだ。
(1000年に一度規模の津波では安全圏だが、想定外ももちろんありうる)
人間のバカな抗いなのか、意味ある備えなのか、やっている自分もわからない。
少なくともいえることは、いつも自然の声に耳を傾けようとしていること。
自然の一部である生き物の一種として、五感だけでなく、自らの第六感もこの地で研ぎ澄まそうとしていること。
この感覚、東京では得られなかった。
冬の強風に命の危険を感じながら生きる、この抗えないものの一部である感覚として、野生と共にいる。
果たして私は、いのちの鼓動に沿った選択ができているのか…
この地に響いた大地の轟きと、波音に、今日も耳を澄ます。
