1. HOME
  2. ブログ
  3. 館山ライフ1周年

館山ライフ1周年

去年の8月、都心のマンションから、千葉県館山市の耕作放棄地に囲まれたポツンと一軒家に引っ越した。新宿生まれ新宿育ちが、上下水道のない8畳一間のタイニーハウスで、人生はじめての田舎暮らし。海から700m。目の前は葦が揺れる耕作放棄地で、その向こうの家と草原の間に、海が少しだけ見える。大型タンカーが行き交い、葦が風にそよぐ。その向こうに山のように見えるのは、大島と、伊豆の天城山。

引っ越し後の片付けや、生活準備でバタバタだった一年前に、本当は一番発信したかった、魂が揺さぶれるような毎日の感動。恐らく、赤ちゃんがはじめて世界に触れたときのような、興奮。知らないことだらけだった。半世紀も生きてきて、田舎暮らしならきっと当たり前に知ることを、こんなにも知らなかった自分におののきながらも、自分の細胞の一つ一つが躍動するのを抑えられなかった。私を生きる命が、喜んだ。

それは、今も続いている。
ときおり、虫やカエルの合唱に命が喜び、眠れないときがある。
今夜もまさにそれ。家人が寝息を立てる横で、自分を落ち着けようとタイピングを試みる。

最初の感動は朝だ。カーテンのない我が家で、朝、目を開けた瞬間に飛び込むのが草原。広い空。鳥の声。「なにこれ」「なにこの景色」と、毎朝、胸がいっぱいになった。旅ではない。夢でもない。私はここに住んでいるのだと、信じられなかった。

我が家の背後は、広大な田んぼだ。
8月から、稲穂がこんなにも首を垂れるということも知らなかった。やがて、8月のうちに、地域で一番早く、我が家の目の前の田んぼの稲刈りがはじまった。稲刈りって9月にするものではなかったのか? その田んぼの主がもってきてくれた、刈りたて、精米したてのお米。精米したてのお米が暖かいということも、はじめて知った都会人。

夜になると、虫の音が聴こえてきた。
8月中旬から、虫の音がこんなに聞こえることも知らなかった。360度、全方向から虫の音だ。9月にむけ、日に日に音量をあげる。今まで泊まったどんな田舎の旅館でも、キャンプ場でも、ここまでの経験はなかった。そのどれよりも、今回の家は、草が近い。お隣さんは、200mほど先だ。
草と虫に取り囲まれ、感じるいのちの総量が圧倒的だった。
今夜もそう、いのちの質量に圧倒され、包まれ、小さな自分が、小さな家の中で、デスクライトに照らされて、キーボードを打つ。星と月と波音と、無数の虫たちの中にいる。ドキドキする。すごいところにいる。
自分は館山に引っ越したのではない、虫の世界に引っ越したのだと知った。

中でも概念を覆して驚いたことがある。
雨の音だ。
雨はずっと「ザー」っと降るものだと思っていた。
でも、ここでは違った。
雨は「サー」っと降った。
「サーーーー」っという音に外を見ると、雨だった。
絵本でも雨は「ザーザー」だったのに、どうして誰も、教えてくれたなかったのか。
「ザー」はコンクリや人工物に雨が当たる音だった。
でも、ここには草しかない。
草の上に、雨は「サー」っと降るのだ。

こんな驚きと感動が、次々と押し寄せてくる。
館山に生まれた赤子のように、世界と出会い直す。

そんな驚きと感動はまだまだいっぱいある。
だけど、そろそろ寝なくては。

窓を全開にして、虫の音に囲まれ、タオルケットに包まれて寝る。
冷房がない家で暮らせるとは、思いもよらなかった。
夜は本当に、心から、心地がいい。

虫嫌いの私が、これから虫の世界で眠りにつく。
虫の話は、また今度。

関連記事

カテゴリー