–聴き書き家族史– 『好子と順夫』

2012-02-25

ご依頼主は19年間奥様を介護され続けている男性です。「妻の生い立ちと夫婦の歩みを残せるのは自分しかいない」という思いから、制作のご依頼をいただきました。


「はじめに」より

子どもがいない私たちにとって、十九年前からアルツハイマー病を患う妻好子の人生を語り残せるのは、今となっては夫である私しかいません。私が元気なうちに、好子と私の人生を振り返り、私たちの家族や、共通の友人に贈りたい。そんな気持ちから、この本の制作にとりかかりました。途中、好子の友人や、私の先輩、同僚、後輩にも話を聞きました。少しでも客観性を持たせることができれば、また私たちのことも鮮明に浮かび上がるのではないかと思ったからです。

お客様の声

「バトン自分史・・・・・それ何?」。冨田さんの考えや夢をお聴きするにつれ、まったく同感と言うより共感したのが2年前。そうしたことがあって、妻と私のバトン自分史を作って頂くことになりました。

人間、だれしも「自分たち夫婦はどんな生き方をして来たのだろう?」、「夫々はどのような生活環境で育ったのだろう、どのような周囲の人との関係を持っていたのだろう?」、「皆は我々二人をどのような人間と見ていたのだろう?」などなど、自分では判っている積りでも、それはあくまで主観的理解です。しかし、バトンタッチして後世に残すのは主観ではありません。我々がこの世に生きた証を主観でなく客観で残す、ここにバトン自分史の意味があると思う訳です。これが主観だけで書かれたものであれば、むしろバトンタッチしない方が良いかも知れないとさえ思います。それは後世に誤った情報を残すことになってしまうからです。(お断りしておきますが、主観を残したら何故悪い?という議論もあると思います。私は”悪い”と言っている訳ではありません。ただ、そうしたくないと思っている訳です)私は”客観”の”客観”は現実あり得ないと思っていますが、他人の目を通して我々を見ることによってかなり客観化出来るのではないかと考え、この度の作品「好子と順夫」の製作を冨田さんにお願いした次第です。

冨田さんは、ひたすら我々二人を冷静に見つめ、”より客観的に”をモットーとして取材に励んで下さったと推測しています。この冨田さんのご努力のお蔭で、我々二人の生きた証の一部ではあるかも知れませんが、より客観性を持った作品に仕上がったと大変満足しています。そして、この本を読んで下さった皆さまから、嬉しい有形、無形の励ましを頂き、これからの人生の力となってくれています。

この場をお借りして、冨田さんと、我々二人のことを語って下さった先輩、同僚、後輩の皆さまにも厚くお礼申しあげます。

※「バトン自分史」は商品名称が変更され、現在は「聴き書き家族史」となっています。

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